その日・・・

事情や習慣はその土地や宗派に依っても異なるとは思いますが、
葬儀を出すにあたってその前後の顛末というか覚え書き。


朝、救急車で地元の病院に運ばれた父でしたが
一時間足らずで近く…と言っても救急車でも25分ほど…の
隣の市の総合病院に。
ところがそこでも手に負えないということで、
緊急の手術は札幌で・・・と病院の手配も済み、
本人にも母にも了解済みのところに入院支度を持った私が合流。
ところが肝心の父の容態が急変し、危篤の状態。
呼吸器のチューブが煩わしいらしく
意識のない中で何度も手で払いのけていましたが、
そのまま父は息を引き取りました。
・・・ただ遠方に住む父の姉弟に会わせたいと
延命処置をお願いしていましたので、
私も母もポカンとしていた有様。
ドラマや映画でももう少し現実味があると思うくらいの呆気無さ。

看護師さんが父の身体を清めてくれた後は、
とにかく服を着せて帰宅しなければなりません。
でも服は救急車で運ばれた最初の病院でハサミが入っていますし、
自宅まで着替えを取りに行く時間など当然ありません。
実費で構いませんからと病院にお願いして浴衣を着せてもらいました。
その間にウチが入っている冠婚葬祭互助会を通じて
互助会系の葬儀社に連絡。
病院から死亡診断書(生命保険の本数+1通)を受け取り、
ドラマのように担当の先生がお悔やみを言う訳でもなく(終始無言)、
まだ身体も温かいままの父と三人、
葬儀社の車での帰宅となりました。

近くの町に住む母の弟夫婦(私にとっては叔父叔母)が
急を聞いて駆けつけてくれ、
また葬儀社ではお線香を立てる机を組んでくれました。

とにかく葬儀です。
このあたりでは町内会の人に
受付や会計、弔問客へのお茶出しから葬儀の料理を作ることも
手伝ってもらっての葬儀が多いのですが
平日ですし、当日も後々も色々と気を遣うのも否だし、
第一気を遣う余裕が無い(←これが一番)ということで、
もちろんお金はかかりますが一切を葬儀社にお任せすることに。
我が家の事情を知っている叔父夫婦と、
町内会の慣習もあるので親しくさせて頂いているお隣のご夫婦に
アドバイザー的な役回りをお願いしました。
そして町内会長にも連絡しました。
・・・ご町内の方々には毎日顔を合わせるわけですから。

とにかくお通夜と告別式の日程を決めなければなりません。
お通夜を明日、告別式はあさってとしたのは
・・・何か理由があったはずですが記憶なし。
私以上に母が半分放心状態になっていたので
遺影となる写真に祭壇、香典返しや引き物選びと
私が決めていく形になりました。
父方、母方と親戚筋で葬儀に参列する(と思われる)おおよその人数から
会場は近所の会館に。
司会、受付、会計(各一名)の人件費も合わせ、
ここで最初の見積もりを取りました。
(つづく)

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