『凍える心臓』

1968(昭和43)年8月。
世界で三十例目の心臓移植手術は日本で行われた。
共同通信社社会部移植取材班著『凍える心臓』
凍れる心臓凍れる心臓
共同通信社社会部移植取材班
株式会社共同通信社 1998-04
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執刀医の和田寿郎・札幌医大名誉教授は
本年2月14日亡くなられています。

1968(昭和43)年8月に日本初の心臓移植手術が
札幌医科大学の和田寿郎教授(当時)によって行なわれた。
この"和田心臓移植"には数多くの疑惑が生まれ、
それを裏付けるような謎がいくつもあった。
1968年12月、和田心臓移植は刑事告発されたが、
1970年夏に捜査は終了、
告発された殺人罪、業務上過失致死罪、死体損壊罪のすべてで
嫌疑不十分で不起訴となった。


『はじめに』第1章『死の判定』第2章『2つの死』第3章『告発 -- 捜査』
第4章『それぞれの人生』第5章『新たな時代』
第6章『心臓移植はこう行われる -- 最新版シミュレーション』。
このほかに参考文献や資料などすごいボリュームです。

とにかく疲れました。

"今度のこと(バーナード医師に依る世界初の心臓移植)は
医師としての良心、道義にかけていると思う。"
そうおっしゃっていた和田教授ご本人が
"私は胸部外科という、まだまだ未開拓な分野の多い医学を研究し、
進歩させるために大学に席を置いているはずだ。(中略)
一度肯定する立場に立って考えてみる必要があるのではないだろうか。"と。
そして世界初の心臓移植からたった9ヵ月後の"心臓移植"。
脳死という概念が一般的でない中で・・・。

ドナーの(本書では実名で記載されていますが)Yさんが
脳死だという根拠である脳波のデータはどこに消えたのか。
そもそも脳波を本当にとったのか・・・ということも驚きなら
レシピエントのMさんに心臓移植が必要だったのか
(Mさんの主治医の当時の第二内科の教授は
左心房の弁の手術という診察だったらしい)という疑問まで。
個人的にはこの移植は人体実験にしか思えませんし、
"和田心臓移植"が何故"事件"と呼ばれるかが
少しだけ判ったように思います。

40数人へのインタビューも和田教授への好意から批判から、
発言者の我が身の保身としか聞こえないものまでもう色々。
和田教授自身の証拠隠滅や関係者との口裏合わせの謎。
まだ自発呼吸があったと何人もが証言しているYさんのご家族の心情は
到底想像出来ることではありません。
当時の関係者のおひとりから
"医者としても患者としても移植にはかかわりたくない"という言葉が
出てきてしまうのもその辺りもあるのではないかと思います。
この"事件"が日本で移植医療を遅らせる理由のひとつに
なってしまったのでしょう。

この本が出版されたのは手術から30年後の1998年。
第6章はたぶん今では時代遅れのシミュレーション。
ただ・・・とにかく難しいです。
専門用語が並ぶ内容自体も、そして脳死の問題も。

2010年7月に改正臓器移植法が施行され、
家族の承諾で脳死からの臓器提供ができるようになりました。
"和田心臓移植"から約42年の時を経て。

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